松下哲也 『ヘンリー・フューズリの画法』を読みました。
2018年に三元社から出た書籍です。
松下哲也は近現代美術史・キャラクター表現論が専門の研究者で、Twitterの芸術界隈のアルファツイッタラーとして有名。
わたしが本書を読もうと思ったのも、Twitterアカウントで著書として紹介されていたからでした。
あらかじめですが、この文章はわたし自身の感覚につなげて語るものであるため、書評ではなくあくまで感想にすぎません。
苦手な写真
わたしには、ずっと苦手に思っている写真があります。
偶然、眼が半開きだったり、悪どい顔をしているようにみえたり、横柄な顔をしているようにみえたり、そういうたぐいの写真です。
というより、もしかすると写真の用いられ方といったほうが適切かもしれません。
政治家に対する批判的な意見を記事にするとき。
芸能人が悪いことをしたとき。
誰かが警察に逮捕されたとき。
そういうときに、キャッチ画像として、その人物が「あたかも悪人であるような」瞬間の一枚が用いられるわけです。
こんなことをいちいち不快に感じるのはあまりにナイーブに過ぎるのかもしれません。
しかし、わたしはそういうイメージの用いられ方が、とても不誠実なものだと考えています。
その記事、その文章、その映像が、仮に自身の信念や立場と同じところから発せられたものであったとしても、そういったイメージの用い方のことを嫌っています。
同様の理由で、自身と立場の近い人であってもことさらに飾った言葉を用いる人のことを好みません。
ヘンリ・フューズリと観相学
さて、今回読んだ松下哲也 『ヘンリー・フューズリの画法』で取り上げられている画家、ヘンリ・フューズリ(1741-1825)は、物語絵画を描いた人です。
物語絵画というとキリスト教絵画や古典古代を主題としたものも含まれてしまいますが、なかでもフューズリが描いたのは、その時代からもっと近い、「シェイクスピアやミルトンのような物語」*1 でした。
物語の登場人物を描くことは、すなわち描かれている人物に演技をさせることにほかならず、キャラクターのそもそもの造形(静の観相学、つまりキャラクターデザイン)*2 、そしてキャラクターの感情にともなう表情の変化(動の観相学、喜怒哀楽の表情)*2 を描き分けることでもありました。
松下によれば「フューズリは、1801年から1823年にかけてロイヤル・アカデミーで講じた『画法講義』(Lectures on Paiting)を中心とする数多くの著作の中で物語絵画を論じている」*3 のですが、そのなかには「近代観相学を着想源とする人体造形論が含まれてい」*3 ます。
写真というものをずっと身近に感じてきたわたしにとって、観相学という言葉は、聞いただけで少し身構えてしまうようなニュアンスを帯びています。あまりにも雑に、人間を、人種を、優劣を論じてしまったもの。そういう負のイメージがつきまとっているという印象を持っています。
(ただし、100年スパンで人体についての理解が進んでいったときには、もしかすると外観の遺伝的特徴とその人の特質とを、高い確度で結びつけることができるようになる可能性はあるかもしれませんが)
キャラクターデザインは観相学
本書は最終的に、ヘンリ・フューズリ、そして同時代に著された造形理論が、漫画・コミックのキャラクターデザイン(そしてイラストレーションやグラフィックデザイン)へ影響していったことへの研究がより必要になるだろうという展望で締めくくられています。
松下によればフューズリの芸術論と教育の内容は「同時代の多くの画家たちに共有されたが、結果的には、アカデミックな美術の世界における標準的な理論の地位を長く維持することはなかった」*4 とのことです。
ですが同時に、フューズリが教えた画家の多くが「アカデミックな絵画の世界で生計を立てる代わりに小説の挿絵などのイラストレーションの仕事に活躍の場を移していった」*5 のでした。
また、フューズリが人体造形を論じた画法講義の第十講義に遅れること7年、漫画の形式をひととおり備えた作品(のちに『M・ヴィユ・ボワ』として出版される)がロドルフ・テプフェールによって描かれます。 *6
このテプフェールという人の卓越性は「マンガという新たな芸術形式の基礎的な理論を体系化した書物『観相学試論』を著した実績」にあると松下は指摘しています。
同じ時代に相次いで著された、観相学によるキャラクターメイキング。
松下は「彼らはまったく同じ流れに属する作家たちだと言える」*7 ことを指摘していますが、立場こそ違ったとはいえ、のちの時代からは直接は理解できない、時代が求めていた潮流というものがあるのでしょう。
また、漫画のキャラクターデザインもそもそもは観相学に端を発しているという論に対して、コマによって割られた漫画という形式の創始者が観相学を用いていたことは、非常に説得力を高めています。
というよりも、長々と書いてきましたが、観相学とキャラクターデザインの関係は本書『ヘンリー・フューズリの画法』にも収録された、各種の実用としての観相学を論じた図版をみれば一目瞭然です。
観相学といっても、難しいことをやっているわけではありません。
わたしはVTuberとして簡単な顔の演技をしていますが、眉を下げれば悲しかったり怒っているように、眉を上げれば喜んでいるように見える。
ようするにそれを突き詰めているだけなのです。
ふたたび、苦手な写真
本書の内容についての部分が長くなってしまいましたが、冒頭に書いた、苦手な種類の写真があるということ。
苦手な種類の写真を不誠実なものだと感じる理由。
それは、生身の人間はキャラクターではないからなのかもしれません。
本書が論じている絵画や、現代の漫画、アニメ、キャラクター造形、そういったものは、あくまでもその仮想のキャラクターを演技させるためのものです。
ですが、その技法を生身の人間に対しても用いてしまうのは、キャラクター造形の技法の悪用ではないのか。
生身の人間はキャラクターデザインほどに単純な表情をしていません。
どんな人間でもまばたきをした瞬間にシャッターを切られれば不細工な顔に写ることがある。
その人がどんな内面を持っていたとしても、悪劣なことを話していなかったときに撮られた写真が、たまたま眉を曲げてへの字口であることもある。
そもそも、政治家や芸能人やその他諸々の人々が悪事をなしたときに、いかにも悪どそうな写真が出てくるということは、マスメディアはそういった表情の写真をいざというときのためにストックしていることにほかならない。
そんなことをして、恥じる気持ちはないのでしょうか?
わたしは、何らかの主張をするなら、仮に相手のことを憎く思っていたとしても、可能な限り誠実な表現を用いるべきだという立場です。
よく考えると漫画も「絵が強すぎて」苦手だった
さらにいえば、わたしはよくよく考えると、少年漫画のような強すぎる表情の画も苦手だったりします。
本書を読んで気がついたことのひとつです。
たとえばTwitterで行われるような漫画の1コマを切り取った返信。
非常にナーバスな意見ですが、そういうときに用いられる画は得てして強すぎて、感情に振れが生じるので好ましく思っていません。
芸術は悪用される
これはひとえに、こういったキャラクターデザインの技法が悪用されているということなのだと思います。
さきほど引用したように、フューズリが教えた画家の多くが「アカデミックな絵画の世界で生計を立てる代わりに小説の挿絵などのイラストレーションの仕事に活躍の場を移していった」*5 わけですが、このこともまた、わたしが頻繁に感じている、もしかすると、どんなことをしたとしても芸術は悪用されて終わりなのではないかという諦観を裏付けています。
わたしが持っている諦観。
それは、どんな新しい表現が行われたとしても、結局は悪用されるということです。
悪用。
ファインアートの表現がお金のかかった広告に用いられ、そして最後には掃いて捨てるような広告にまで行き渡る。
(わたしは広告というもの全般を好んでいません)
写真を仕事とする人の多くは、結局は広告を作っている。
画を仕事とする人の多くは、結局は広告を作っている。
インターネットでなにかをしている人は、結局は広告を作っている。
(だから音楽系の人は美術系のひとと毛色が違うのかもしれない)
また、芸術に金銭を投下する企業は得てして評判の悪いところであったりもします。
かといって、わたしはそういう社会を変えられるという希望を持つことができません。
芸術のようなものに興味を持つ人は、結局のところその時点で、どうやっても商人道徳を持った人に勝ち目がないと考えているからです。
わたしがいま書いたような広告であるとか企業とかの問題は、単純に資本主義への批判をしたいのではありません。
どんな社会であったとしても、名前を変えた同種の道徳を持った人に勝ち目はない。
それがわたしの考えていることです。
ものを作ることを好んでしまった時点で。
この文章に書いているような価値観を抱いてしまった時点で。
そう生まれついてしまった時点で、もう、自身のフィールドで遊撃戦を行うしかない。
それがわたしの考えていることなのです。
むすび
ということで、本に書かれたこと半分、わたし自身のこと半分の文章を書いてきました。
最後に書いたことは、わたしがつね日頃抱いている諦観の一端です。
一端にすぎませんが、だいたいはそういうことです。
一方で、わたしは遊撃戦を行っていくつもりでもあります。
たまには倒れるかもしれませんが。
記事修正履歴
2021年 確か投稿当日 「芸術に金銭を投下する企業は得てして評判の悪いところであったりもします」から企業名を削除しました。
2021年11月23日 一部の表現を修正
脚注
すべて松下哲也 『ヘンリー・フューズリの画法』 2018年、三元社より
*1 松下 p.12
*2 松下 pp.89-90
*3 松下 p.12 漢数字は算用数字に改めた
*4 松下 p.208
*5 松下 p.241
*6 松下 p.249 「1827年――フューズリの第十講義が行われたわずか六年後――フューズリの祖国スイスで文学を教えていた教育者のロドルフ・テプフェールは、彼の仲間と生徒たちを楽しませる目的で、ある物語を描いた。後に『M・ヴィユ・ボワ』として出版されることになるこの物語は、絵と文による場面の描写とコマ割りによる物語の展開という現代のマンガの形式をひととおり備えた新しい時代の物語絵画であった」(年のみ漢数字から算用数字に改めた)
*7 松下 p.251