昔から行きたかった鳥首峠に行く
2026年2月6日、埼玉県飯能市(旧名栗村)と秩父市(浦山)の間にある鳥首峠(とりくびとうげ)を自転車で越えてきた。この日は2月にもかかわらず最高気温が16度にもなる日で、いっぽう翌日以降が大寒波で雪予報だったので、この機会を逃すとしばらく行くことができないだろうと予想して、急遽行くことにしたのだった。
鳥首峠は、自転車を始めた頃にぜひ越えてみたいと思っていたのだが行く機会を逃していた。ただし、途中の白岩廃村までは何度か行ったことがあった。
わざわざ2月に行ったのは熊が怖いため。
高麗川駅~JFEミネラル武蔵野鉱業所跡
輪行して、朝9時30分にJR高麗川駅を出発。思ったより時間が押してしまった。
川越線の列車が高麗川駅で時間調整があったので待ちきれずに東飯能ではなく高麗川で降りて走り始めたのだが、国道299号の谷から名栗の谷へ山を越えるのが案外面倒だったので東飯能まで行けばよかった。
11時07分、名栗の星宮神社に参拝。ここは2021年にも訪れている。
名郷(なごう、山伏峠への上りが始まる集落。バス停がある)で休憩し、11時48分出発。
ゆっくり走り、12時25分、JFEミネラル武蔵野鉱業所跡へ到着。競技をやっている人に笑われてしまいそうなペース。
ここには石灰石鉱山があったが、2015年に廃鉱になったとのこと。
2005年に訪れたときはこんな感じだった。
JFEミネラル武蔵野鉱業所跡~白岩廃村
自転車をかついで、鳥首峠への登山道へ入る。
鉱山鉄道のレールが一部残っている。
同じ場所は、2005年にはこんな感じだった↓。
昔来たときは鉱山を見下ろすアングルの場所があったのだが、見通しが効かなくなっていて、どこなのかわからなかった。
↓の画像は2005年。このアングルで撮りたかったのだが。
白岩廃村までの途中には木橋があるが、もともと架かっていた木橋は古くなり渡ることができなくなっていて、代わりに上流側に簡素な木橋が架けられていた。
2005年の同じ場所の木橋↓。
白岩廃村についた。13時06分。全体的に昔よりも非常に道が荒れていて大変だった。
廃村の写真は廃墟系の人に任せるつもりで、ほとんど探索はしなかった。
気になったのが、石灰石が集落の真横まで崩れてきていたこと。これは昔はなかった気がする(画像は動画から切り抜き)。
建物も昔と比べてかなり潰れてしまっていて、非常に歳月を感じる。
2005年にJFEミネラル武蔵野鉱業所や白岩廃村を撮影した写真はこちらの記事で紹介している。
白岩廃村~鳥首峠
白岩廃村を出発。途中、谷筋に少し崩れている箇所はあったが、こちらの飯能(名栗)側はそこまで危ない場所はなかった。登山道の整備も行き届いている。
途中、鉄道のレールが落ちていた。武蔵野鉱業所の上部軌道から落ちてきたのだろうか?
ブレているが、崩れていた箇所。
峠の手前では教科書のような九十九折れの登山道になった。
峠の少し下あたりでは、ちょうど木が伐採されていて関東平野を遠くに見ることができた。
14時09分、鳥首峠(937m)到着。登山のコースタイムが40分とのことだったので、自転車がある分時間がかかっている。
峠に着くと急に風が吹き抜けていて、本当にここが稜線上なのだなということが実感できた。
太った気がする……。
鳥首峠の標高
ネット上の近年の記事を見ると、鳥首峠の標高を953mと書いているものが多いが、これは近くのピークの標高を書いてしまっているもののようだ。
その他の情報としては927mと937mという記述があるが、等高線を見るにおそらく937mが正しいと思われる。
なのでこの記事では標高937mを採用した。
鳥首峠~冠岩廃村
時間が押しているので10分くらいで出発。冠岩(かむりいわ)廃村へ下っていく。
鳥首峠から冠岩への道は、白岩からの上りと比べて荒れ果てていた。冬季で登山者がいないということもあるだろうが、明らかに人が歩いた跡が減っている。
峠の比較的上のほうにあった岩の写真。
冠岩側で怖かったのが落ち葉で、植林された杉の中を歩いているうちはよいのだが、広葉樹林の中は登山道が落ち葉で埋め尽くされていて、足元の様子が判別できない。
画像はボディカメラからの切り抜きだが、ここが一番危なかった。落ち葉が谷に積もっていて足元が見えない。しゃがんで通過した。
ほかにも、もう少し下った杉林のなかにも、谷側が崩壊していて少し高巻きする必要がある箇所もあった。冠岩側はピンクテープがあるのだが、その箇所はピンクテープも高巻きしていた。
ただ、ピンクテープは登山道から反れる方向にも巻かれているのでそれを信じるのは危ない
冠岩側の登山道から反れていないことのチェックには、道に埋め込まれている赤いプラスチックの四角い標識と、東京電力の送電線の巡視路の標柱を目印にするのがよい。
あと、倒木も非常に多い。
冠岩手前の登山道消失箇所
また、鳥首峠から見て冠岩の直前にある、沢を渡る箇所が大規模に崩落している(このことは峠の道標の標識にも、冠岩の手前に崩落あり、倒木で埋め尽くされていると書かれている)。
ボディカメラからの切り抜きだが、このように崩落していて、沢(水はなかった)の中の歩ける場所を探して進む必要がある。
反対側の斜面を確認しながら歩いていると、ピンクテープが巻かれている箇所がある。そこで斜面を登ると登山道の踏み跡を見つけて、コースに戻ることができる。
ただし、このピンクテープを参考にしてよいのはこの箇所だけで、その先は冠岩集落とは別の方向に向かっている。
ピンクテープを見つけて登山道に復帰したあとは、この道標標識があるのを探してルートが正しいことを確認するのがよい。
登山道が寸断されている原因の一つ。かなり嫌な感じの崩落。これに加えて沢自体も大雨でかなり崩れたと思う。
15時39分、冠岩(かむりいわ)の廃村に到着。単なる登山だったらとくに問題ないと思うのだが、自転車を担いでいたので相当大変だった。
廃村探索はせず、すぐに出発。
冠岩廃村~県道73号分岐
冠岩からの道は、それまでに比べると手が入っていて、倒木もチェンソーで片付けられている。
ただ、おそらく沢側が崩れたのが原因だと思うのだが、トラロープがぶら下がっていて斜面を上る必要がある箇所があった。
下の写真はかなり急な斜面を下る箇所なのだが、自転車をかつぎながら尻で落ち葉の上を滑って下った。
15時54分、登山口というか車道が終わる地点に到着。
ここから数百メートルダート林道で、途中から舗装路に変わる。
16時00分、埼玉県道73号分岐に到着。というか、じつはこれまでの登山道も埼玉県道73号だった。ここは三叉路で、秩父方面とは逆方向に進むと広河原逆川林道になる。広河原逆川林道は昔、まだ峠が「有間峠」と名付けられていない頃に越えたことがあるが、いまでは崩落で長期通行止めらしい。
ここからは浦山ダム建設で整備された快適な道。すぐに広い2車線になる。
この日は浦山ダムの湖畔で大規模な山火事があった。途中、消防車がたくさん出動していた。
影森で国道140号に合流。
山火事が遠くからでもよく見える。
食事のために秩父市街まで来た。秩父市街は、昔では考えられないくらい今風の観光地になっていた。プロジェクションマッピングも行われていた。
なので、全体的に食事が観光地価格でげんなりした。結局、秩父線秩父駅の近くにある中華料理店で汁なし担々麵を食べた。
平日で、西武で帰ると池袋からラッシュと同方向になってしまうので、秩父鉄道で熊谷経由で帰った。
鳥首峠の感想
いくらなんでも冠岩側は荒れすぎていた。昔、ネット上の山サイ記録を見た感じでは、そこまで荒れていて大変という記述はなかったのだが、それからの歳月で、台風や地球温暖化でどんどん荒れてしまったようだ。冠岩手前の崩落も昔はなかったはずなので、自転車の担ぎで越える難易度がそうとう上がっているはずだ。
鳥首峠を自転車で越えた近年の記事を読んだところ、山サイ、パスハンとしては難易度が高いという評価が多い。2000年代にはそこまで言われるほど難易度が高いと思われていなかったと思う。それくら荒れたのだろう。
また、白岩側の登山口から、冠岩側の登山口を過ぎて浦山大日堂あたりまで、携帯電話の電波は一切入らない(自分はドコモ回線)。現地の登山届け提出箱にも書かれているが地図を持っていく必要がある。自分は国土交通省のサイトで2万5000分の1地形図の該当箇所をスマホにPDF保存して、プリントアウトして持っていった。
とにかく、2000年代に行きたいと思って結局行かずに終わっていた鳥首峠をついに越えることができて感無量である。
自転車についての話なのだが、このフロントバッグを本格的に初めて使ったのだが、ほぼ登山ということで(頭につけるほうの)ヘッドライトや雨具、食料などかなりパンパンに詰め込んだところ、途中でブラケットがお辞儀してしまった。こういうときは大型サドルバッグでもよかったかもしれない。
鳥首峠の自転車担ぎ関連リンク
- ルナ サイクル「自転車 de Go!」 秩父 鳥首峠編:こちらの記事では冠岩側から登っている。パスハン初心者にはおすすめしないと書いているが同感である。
- 2018/11/11 鳥首峠 | swang blog - 楽天ブログ:2018年の記事。崩れる前の冠岩側渡渉地点の写真がある。崩落前から道がわかりにくかったらしい。
