本記事は、2026年4月にClaudeで調査した結果をもとに、わたし(人間)がまとめなおしたものである。
概略としては、以前、わたしも調査に協力した、佐藤成夫氏が主に調査研究を進めている韓国製フィルムカメラの歴史について、新たな切り口でなにか見つからないかClaudeに調査を依頼したところ「コシナのフィルムカメラに北朝鮮ブランドがついているものが存在する」ことが判明した、というものである。
※本記事では朝鮮民主主義人民共和国について北朝鮮という呼称を用いる。
これまでの経緯
2021~2022年頃に、Naver News Libraryなどを駆使して一気にさまざまな内容が発掘された韓国フィルムカメラ史だが、わたし自身はその後フィルムカメラ趣味から離れたこともあり、たまに佐藤成夫氏と連絡を取る程度で興味をなくしていた。
ただその後、ClaudeやChatGPTといった生成AIサービスを頻繁に用いるようになり、そのさなかに佐藤氏がツイートで、AIによるさらなる調査の余地に言及していた。
当時すでにわたしはClaudeのMAXプランを契約していたため、さっそく、当時最良のモデルであったOpus4.6に調査を依頼したのだった。
さて、具体的になにを調べるかであるが、韓国製フィルムカメラの歴史のなかで、まだ情報を掘る余地が残っている内容が2つあった。
1. KOBICA PX-1一眼レフカメラ
KOBICA PX-1は、広告や新聞記事には機影があるが実機が確認されていない、M42マウントのフィルムカメラである。
これについては佐藤氏がPhoto & Culture, Tokyoの連載で、2026年11月にその後の調査結果について記している。
佐藤成夫:(2)CARENA PX-1とKOBICA PX1:Photo & Culture, Tokyo
2. コシナ・コリアとはどのような会社か
大韓貿易振興公社(KOTRA)が1981年に刊行した書籍、『カメラ輸出戦略(카메라 수출전략)』のp.115には、1978年2月28日にコシナ・コリアが設立され、10月にコシナ・コリアがカメラ生産を開始した、とある。
また、1980年7月12日の朝鮮日報によれば、大韓光学、高麗光学と並んで、韓国でカメラ販売競争に参加している会社のひとつとしてコシナ・コリアが述べられている。
コシナはおそらく日本の長野県にあるCosinaであることは間違いないだろう。
しかし、このコシナ・コリアについて、これらの記述以外には一切の情報が見つからなかった。
今回の発端は、コシナ・コリアについてClaudeに尋ねたことだった。
旧ユーゴスラビア連邦における北朝鮮系コシナ製フィルムカメラの流通についての調査
クロアチアの投稿者による「Mogran 96 Compact EE」に関する投稿
ということで、Claudeに「コシナ・コリアについての情報を収集せよ」のような非常に粗雑な要求を投げたところ、わたし自身のサイトをソースとした回答が返ってきたのだが、その末尾にあった内容に目を疑った。
引用すると
コシナと朝鮮半島の別の接点
なお興味深い関連情報として、コシナは北朝鮮にもカメラを輸出しており、Cosina Compact 35Eと同型のカメラが「Mogran 96 Compact EE」というブランドで、平壌の「Korea Phonghwa Trading Corporation」を通じて販売されていたことが確認されています。
ということなのである。
この件のソースは、rangefinderforum.comの2006年11月4日の以下の記事であり、クロアチア在住者からの投稿だった。
元箱に「Korea Phonghwa Trading Corporation」との記述があったらしい。
Cosina Compact 35E (a Konica C35 clone) - horizontal alignment
本記事に添付された画像は小さく、肝心のKorea Phonghwa Trading Corporationと書かれた箱の写真もない。
Mogran 96 Compact EEやKorea Phonghwa Trading Corporationについて調査させる
さて、Mogranという名称を持つフィルムカメラについてさらにClaudeに調査を行わせたところ、以下のFlickr投稿が提示された。
この投稿には、以下のカメラの実物が写っている。
- Mogran 88:東郷堂 Meikai ELをベースとした簡易カメラ
- Mogran 95 Flash EE
- Mogran 96 Compact EE:前述、Cosina Compact 35Eと同型
なお、Mogranという名称の由来となったのはおそらく목란(牡丹)だと思われる。
さらに次に挙げる、Mogran 86という110フィルムを使用するポケットカメラもあることがわかった。
Redditで「D.P.R OF KOREA」と書かれた元箱つきのMogran 86ポケットカメラを発見
ここまでの切り口を元にMogranというフィルムカメラについて検索したところ、Redditに2024年9月11日投稿された以下の内容があった。
Mogran 86 Pocket Flash (110 film)
この投稿には元箱と説明書も添付されており、元箱には「KOREA PONGHWA TRADING CORPORATION PYONGYANG, D.P.R OF KOREA」とある。
また取扱説明書はマケドニア語、セルビア語(本言語のみラテン文字とキリル文字併記)、スロベニア語が併記されており、旧ユーゴスラビア連邦で販売されたことが推測できる。
カメラ本体のレンズ銘板にはMOGRAN 20mm F4とあるが、取扱説明書にはCOSINUS F:4 f=20mmという記述があるため、このことも本機種がコシナ製であることを推測させる。
旧ユーゴスラビア連邦各国の中古サイトでMogranを探した結果
これで、旧ユーゴスラビア連邦でMogranというブランドの、主にコシナが製造した北朝鮮系ブランドのフィルムカメラが流通したことがわかったので、旧ユーゴスラビア連邦各国の中古サイトをClaudeに調査させた。
その結果、各国でMogranブランドのフィルムカメラが過去にも出品されていたことがわかった。
たとえば以下のような内容である。
セルビアのオンラインオークションサイトKupindo.comにおけるMogran 95 Flash EEの出品
https://www.kupindo.com/Analogni/42783397_Foto-aparat-MOGRAN-95-FLASH-EE
本出品の解説欄には「かつてのクラリェヴォのデパート(robna kuća)で新品で購入した」とある。
クラリェヴォ(Kraljevo)はセルビアの都市である。
セルビアのオンラインマーケットLimundo.comにおけるMOGRAN 95 FLASH EEの出品
クロアチアのオークションサイトnjuskalo.hrにおけるMogran 88の出品
ボスニア・ヘルツェゴビナのオークションサイトolx.baにおけるMogran 88の出品
https://olx.ba/artikal/20344047
不明点 なぜ旧ユーゴスラビア連邦で北朝鮮系のフィルムカメラが流通したか
このように、旧ユーゴスラビア連邦では、北朝鮮系のブランドを持つフィルムカメラが流通していたことが分かった。
そのすべての元箱があるわけではなく、カメラ本体にはD.P.R OF KOREAのような刻印があるわけではないので、Mogranという名称のカメラすべてが北朝鮮系であると確証があるわけではない。
しかし状況証拠からその確度はそれなりに高いといえるだろう。
関連する調査 チャウシェスク政権下ルーマニアで北朝鮮系カメラが流通した可能性→なさそう
また、旧ユーゴスラビア連邦の隣国であったチャウシェスク政権下のルーマニアでも北朝鮮系ブランドのフィルムカメラが流通したのではないかと考え、同様にオークションサイトやショッピングサイトの検索を行った。
チャウシェスク政権下のルーマニアは北朝鮮のもっとも親密な友好国である。
結論からいうと、ルーマニアのウェブサイトから、Mogranやその他の名称の北朝鮮系フィルムカメラを発見することはできなかった。
要因としては、以下はClaudeが提示した内容が元であり精査していないが、
- ルーマニアがダチアの自動車をはじめとする工業製品を輸出し、北朝鮮は相対的に低価値の商品を輸出する非対称な貿易構造だった
- ルーマニアには国営の光学企業IOR(Intreprinderea Optică Română)が存在し、輸入する理由がなかった
ことが考えられるようである。
PONGHWA TRADING(烽火)とはどのような会社か
MOGRANブランドのカメラの輸出を担当したPONGHWA TRADINGという会社については、朝鮮労働党の党営企業である烽火グループに属すると思われる。
烽火グループは1975年に朝鮮労働党軽工業部のもとで組織され、1978年に烽火グループの貿易決済を担当する金剛銀行が設立された、ということである。
ただし烽火グループが具体的にどのように、日本企業であるコシナからOEMを受けたかは不明である。
※上記はClaudeが参考文献として提示した中川雅彦による2022年の論文「朝鮮社会主義経済における党営企業グループ」をソースとしている。
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ajiakeizai/63/1/63_2/_html/-char/ja
ただし、北朝鮮系企業がかつて日本企業と合弁した例は多くあったようである。
そもそも2002年の小泉純一郎首相の北朝鮮訪問で北朝鮮による日本人拉致事件の存在が確定する以前の日本と北朝鮮の関係は2026年現在とまったく異なるものであり、また、1980年代までは、貿易も現在想像するよりもずっと幅広く行われていたようである。
なお、藤田徹による論文「日本商社の対北朝鮮ビジネス変遷」によれば、1970年代の日朝貿易は「友好商社」体制で活発に行われており、また、大手商社が在日朝鮮人系企業をダミー会社として北朝鮮貿易に利用していた構造もあったとのことである。
藤田徹「日本商社の対北朝鮮ビジネス変遷」、亜細亜大学アジア研究所編『転換を迫られる韓国の対外経済関係』(アジア研究所・アジア研究シリーズ no.102)、亜細亜大学アジア研究所、2020年3月、179〜216頁。
https://www.asia-u.ac.jp/albums/abm.php?d=448&f=abm00001184.pdf
余談 목란(牡丹)という名称は既知の北朝鮮製一眼レフでも用いられている
北朝鮮の独自のフィルムカメラといえば、ソ連で製造されたKiev-17と同型の一眼レフカメラである학무정-1(Hakmujong-1)が以前から知られている。
この학무정-1に装着されているレンズも목란-86(Mokran-86)という名称を持っており、なんらかの関連がある可能性もある。
ただしこれについては、朝鮮半島におけるネーミングとしてメジャーなもののひとつであると思われるので、あくまで余談である。
これらのカメラとコシナ・コリアの関連性について
今回の調査の発端となった、大韓民国における「コシナ・コリア」との関連性は、おそらくないと思われる。
単に「コリア」としか名乗っていないので、万が一にもNorth Koreaのことである可能性も想像したが、1980年に大韓民国で販売されていた、という朝鮮日報の記述を信じるのなら、さすがにそれはありえないだろう。
まとめ 北朝鮮系商社が旧ユーゴスラビア連邦に輸出したコシナ製フィルムカメラが存在した
ということで、今回の調査により、1970~1980年代にかけて、北朝鮮系のPONGHWA TRADINGが、旧ユーゴスラビア連邦へ向けて輸出した、MOGRANという主にコシナ製(一部東郷堂製もあり)のフィルムカメラが存在したことがわかった。
ただし、現時点ではそのような状況証拠があるということだけがわかっている。
また、本件についてコシナから情報が出てくる可能性は期待できないだろう。
過去に北朝鮮系の会社へ製品を供給していたことは、現在の日朝関係からいえば、隠したい過去と認識されるのは間違いない。
今後の調査を仮に進めるのであれば、国会図書館デジタルライブラリーにはないような文献を掘る、さらに海外での中古品の出現を待つ、といった手段くらいしかないと思われる。
