中国のSF小説『三体』シリーズの前日譚となる、『三体0 球状閃電』を読んだ。
『三体』本編については日本で2020年から2022年にかけて翻訳出版された際にハードカバーで読んだのだが、本書は2025年に文庫で刊行されてからの初読となった(ハードカバーは2022年日本語版刊行)。
本書は『三体』にも登場する丁儀という人物がメインキャラクターの1人であることなど、世界観を共用している作品である。
物語としてはスロースタートで、じつは2025年に買ってから序盤だけ読んで放置してしまっていたのだが、中盤でロシアに向かうあたりから一気に物語が面白くなる。
球状閃電(球電)とはなんなのかという描写そのものも良いし、キャラクターも魅力的である。
ヒロインである軍人の林雲も魅力的で、かつ周囲の男性が結局彼女と親しい仲にならないのも、物語としてとてもよい。
いっぽうで『三体』本編とも通じる、冷たい方程式とも似た、一部のSFが共有する、人間の生命の価値を相対的に扱う描写もあった。
ただし、そのような描写は得てしてたんなる露悪になってしまいがちなのだが、本書のその描写には、そのようないやらしさがない(『三体』本編も同様である)。
このあたりは劉慈欣の筆の上手さによるものだろう。
また、本書の原著が2001年頃に発表されたことによる、もっと後の時代の同著者の作品との描写の違いも感じる。
本書では中国人民解放軍が、相対的に弱い軍として描かれているが、これは2000年代後半の『三体』にはないものである。
当然、現代では(中国が強い国になったので)そのような描写はありえない。
著者、劉慈欣のあとがきでは、改革開放後の中国に、いわゆるアメリカ古典SFが一気に入ってきたときの感動について語られていた。
わたしもまた、上の世代から初代ガンダムを布教される→ハインラインの宇宙の戦士を読む→そこが切り口となりひととおりの古典SFをハヤカワ文庫で読むという、ありがちな流れ(ただしわたしの世代より上の、1980年代にオタクだった層に近い流れ)をたどってきた。
この点について、劉慈欣にとても親しみを覚える。
また、翻訳者の大森望(『三体』本編も担当)による解説では、英語版、そして英語版を底本とした日本語版では、球状閃電(球電)の描写が省かれており、中国語版から大きく書き換えられていることもわかり、興味深かった。
全体として、1冊の非常にできのよいSF小説として成立していて、非常によい読後感を得られた。
むしろ、先日読んだ『プロジェクト・ヘイル・メアリー』に不満があったので、そういうヒューマンドラマよりもよりSF、古典SFに近い物を求める人に強い魅力がある1冊だといえるだろう。
