Konica C35EF(ピッカリコニカ)と写真家 増山たづ子さんの話

Konica C35EF(ピッカリコニカ)と写真家 増山たづ子さんの話

みなさんこんにちは!

フィルムカメラ系VTuberの御部スクラです。

今回は、コニカのフィルムカメラ、コニカC35EF、ピッカリコニカについて話します。

Konica C35EF ピッカリコニカ

Konica C35EFの外観とスペック

Konica C35EF

Konica C35EF

Konica C35EF

Konica C35EF

Konica C35EF

※画像は前期型

レンズ:HEXANON 38mm F2.8
シャッター:ビハインドタイプ 1/60秒・1/125秒のみ
巻き上げ:レバー巻き上げ
露出計:レンズ上部のCdS受光素子による
カウンター:順算式、自動復元
フォーカシング:目測
電源:LR44 x1(露出計用)、単3電池 x2(ストロボ用)
ファインダー:採光式ブライトフレームつきの逆ガリレオ式
フィルム装填:蝶番による裏蓋開閉式
使用フィルム:35mmフィルム
発売年:1975年
発売時価格:29,800円
製造元:小西六写真工業

参考資料:『クラシックカメラ専科 No.10 小西六カメラの歴史』1987年、朝日ソノラマ、p.76

Konica C35EFについて

コニカC35EF ピッカリコニカ

ピッカリコニカは、ケンコー・トキナーのホームページにあるコニカの歴史によれば1975年の3月発売。

参考:ケンコー・トキナー公式Webサイト コニカの歩み 1970年代に発売された機種一覧
https://www.kenko-tokina.co.jp/konicaminolta/history/konica/1970/list.html

このコニカC35EFは、カメラが好きな人の間では「初の実用的なストロボ内蔵カメラ」として知られています。

ただし、世界初のストロボ内蔵カメラではありません。
そのあたりのことについてはあとで説明していきますね。

コニカC35EFで撮った写真

それではまず、このカメラで撮った写真を見ていきましょう。

※使用フィルム:Kodak ColorPlus 200

コニカC35EFは、Konica Hexanon 38mm F2.8という非常によく写るレンズがついています。

Konica Hexanon 38mm F2.8

ストロボを光らせたときだけでなく、日中の写真もとてもいい写りをするんですよ。

コニカC35EFで撮った写真

はい。

というわけで晴れている日の昼間に絞り込んで撮った写真になりますが、ご覧のとおり、すっごくよく写ります。

コニカC35EFで撮った写真

カメラ自体の写りがいいのはもちろん、ピントもしっかり合っているんですよね。

コニカC35EFで撮った写真

あとで話しますけど、このコニカC35EFというカメラは、ピントを見た目で合わせるカメラです。
昼間の撮影ならこれくらいピントが合って見えるということは、レンジファインダーやオートフォーカスがなくてもそれなりにどうにかなったんだ、ということがよくわかりますね。
まあ、このカメラは世界初のオートフォーカスカメラに発展していくのですけど。

このように、ちょっと日陰でピントが合う範囲が狭い環境でも、いい感じの画作りをしてくれます。

コニカC35EFで撮った写真

今回一応メンテナンスをちゃんと行いましたけど、ピントも露出もばっちり合っていてコニカのヘキサノンレンズの性能が引き出されています。
ヘキサノンというレンズは評判が良いですが、その実力を思い知りました。

この写真は、都内の某所にあるコニカの看板を撮った写真。

コニカC35EFで撮った写真

コニカC35EFで撮った写真

コニカでコニカを撮りました。
ただ、コニカのフィルムはもう新品では手に入らないのでコダックのフィルムを使っているのですけどね。

こちらはストロボを光らせた写真です。

ストロボを光らせた写真

ちょっと被写体に寄りすぎてボケているところもありますが、ストロボを真ん前から光らせた感じ、ヴィヴィッドな色が格好いいです。
この動画を作っている2021年、これからフィルムカメラを始めたいという人が魅力を感じているのって、フラッシュを光らせた写真だと思うんですけど、世界初のストロボ内蔵カメラ、いまでも格好いい写真をたくさん生み出してくれるでしょう。

コニカC35EFの特徴

というわけで写真を見てきました。

次にカメラの特徴について話します。

最初に話したとおり、このコニカC35EFは、世界初の、実用的な、ストロボ内蔵カメラです。
「実用的な」を強調したのは世界初ではないからで、フォクトレンダーのヴィトローナ(Vitrona)やアメリカで作られたFotronといった先駆者がいました。

世界初ではない

フォクトレンダーのヴィトローナ(Vitrona)

図版出典:
『季刊クラシックカメラ 15 特集 フォクトレンダー』 2002年、双葉社 pp.68-69

ただ、そういったカメラは大きすぎたり、内蔵しているだけで実用性がなかったり、製品としての完成度が低かったんです。
このコニカC35EFがすごかったのは、カメラ愛好家ではないユーザーでも簡単に使えるカメラだったことなんです。

参考:camera-wiki.orgより
Voigtländer Vitrona
http://camera-wiki.org/wiki/Voigtl%C3%A4nder_Vitrona
Fotron
http://camera-wiki.org/wiki/Fotron

数字上のスペックは平凡

スペックの数字だけ見ていくと、とても平凡です。
シャッター速度は1/60秒と1/125秒だけ。
レンズのHexanon 38mm F2.8も、当時のコンパクトカメラにはF1.7やF1.8の大口径レンズをつけていたものが普通にあったことを考えると、カタログスペック上は普通です。
また連動距離計はなく、ピント合わせは目測です。

ピント合わせは目測

※後期型ではシャッター速度に1/250が加わります。

ですが、そういうスペックが、じつは理詰めで考え抜かれたものである、というのがすごいのです。

内田康男 『商品開発のはなし ピッカリからジャスピンへ』

今回、コニカで商品開発をしていた内田康男さんという方が書いた『商品開発のはなし ピッカリからジャスピンへ』という本を読みました。

内田康男 『商品開発のはなし ピッカリからジャスピンへ』

その本によれば、新機能を内蔵したら値段も高くなってしまう。
でも、暗い場所ではストロボを光らせればいいのだから、レンズが大口径である必要はないし、シャッター速度もスローシャッターは必要ない。

そういう割り切りで31,800円という値付けが実現できて、大ヒット商品になった、ということでした。

参考:内田康男 『商品開発のはなし ピッカリからジャスピンへ』 日科技連出版社、1991年 pp.15-18
価格の出典:ケンコー・トキナー公式Webサイト コニカの歩み 1970年代に発売された機種一覧
https://www.kenko-tokina.co.jp/konicaminolta/history/konica/1970/1974.html

『商品開発のはなし ピッカリからジャスピンへ』は専門書ではなく物語的にエピソードが語られている本ではあるのですが、このコニカC35EF ピッカリコニカの開発エピソードはある程度そのまま受け取ってしまっても差し支えないと思います。

ストロボを内蔵した理由

たとえば、カメラにストロボを内蔵したのは、暗すぎてストロボなしでは撮れない環境で、ユーザーが無理に撮影して失敗したことを知った、ということらしいんです。
それまでも、カメラにストロボを取り付けると自動で制御してくれる仕組みはあったのですが、そもそも一般ユーザーは外付けストロボなんて面倒くさいものは買わないし、使わないので失敗したらしいんですね。

そもそも一般ユーザーは外付けストロボなんて面倒くさいものは買わないし、使わない

また内田康男さんは過去のストロボ内蔵カメラ、フォクトレンダーのヴィトローナを知っていたのですが、大きすぎることもわかっていました。

参考:内田 1991 pp.8-9 コニカ エレクトロンの失敗についての内容

そこでストロボを内蔵したうえで、小さくした。

「ストロボのポップアップ」で問題解消

すると2つの問題が起きました。
まず、赤目という問題。
人間に向かってストロボを光らせると、目が赤く写ってしまうという問題があったんですよね。
これを赤目現象といいます。

赤目現象

画像はWikimedia Commonsからの引用ですが、目の網膜にストロボの光が反射してしまうんです。
詳しい解説は省略しますが、ストロボをカメラのレンズからできるだけ離すことで赤目現象を軽減することができます。

そして、電源の切り忘れ。
それまでの着脱式ストロボに比べて、電源を切り忘れて電池がなくなってしまうことが試作品でわかったということです。

この問題を解決するために発明されたのがストロボのポップアップなのでした。

ストロボのポップアップ

このように、カメラの前側にあるノブをスライドさせると、ストロボが上に飛び上がって、電源が入ります。
こうすることで、電源が入っていることを忘れないし、ストロボの位置をレンズから離して、赤目現象を軽減できる、というわけです。

参考:内田 1991 pp.11-12

ストロボポップアップの実用新案

ところでこのポップアップ式ストロボは、コニカが1974年に実用新案を申請していて、1976年に認められています。

実全昭51-024238

実全昭51-024238

今回参考にしている『商品開発のはなし』でもコニカ特有の機能と書かれているのですが、いわれてみると確かに、他社から追随して発売された類似製品にはポップアップ機能はありません。

上記は
実全昭51-024238 実願昭49-097026
J-PlatPatより
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-S51-024238/EB2D5407882440079021361AF4DC4FE8DBBFE13E9D748EC6456A82561C21EC57/23/ja

プラスチックの使用

もうひとつ、このコニカC35EFというカメラが有名なのは、カメラ本体に本格的にプラスチックを使うようになった、ということです。

プラスチックの使用

歴史上、それ以前にもプラスチックというか樹脂でできたカメラはありましたが、簡易的なものが主で、このコニカC35EFのような、ある程度値段のするカメラは、内部構造は金属製が普通でした。

コニカC35EFがプラスチック製になったのには必然性があって、理由は感電防止です。
ストロボを光らせるためコンデンサで高い電圧を貯めるのですが、金属製だと万が一の感電リスクがあるし、実際、試作中にそういう事故があったらしいんですね。
その点、プラスチックなら電気を通さないのでそういう心配はありません。

ご覧のように裏蓋を開けるとフィルムレールがプラスチックなので、内部フレーム自体がプラ製だということがわかります。
このコニカC35EFはトップカバーとボトムカバーは金属製なのですが、これをきっかけに、カメラのプラスチック化がどんどん進むことになります。

マニア受けは悪い

ただ、プラスチックのボディや、口径がそこまで大きくないレンズというのは、はっきりいってマニア受けは悪いです。
このコニカC35EFはレンズこそ評判のいいものを積んでいますが、のちの時代には、ストロボに頼り切って、とても口径の小さいズームレンズを内蔵することが普通になっていきます。
また、美術館や動物園、水族館など、ストロボを光らせてはいけないところで光らせてしまう問題も生じるようになりました。

ストロボを光らせてはいけないところで光らせてしまう問題

でも、そういったことを差し引いても、写真を撮ることを普及させたという意味で、このコニカC35EF ピッカリコニカはとても偉大な、エポックメイキングなカメラだと思います。

コニカC35EFと増山たづ子さん

コニカC35EFを使った有名な写真家、というかこのカメラで写真を撮った人がいます。
増山たづ子さん(1917-2006)という人です。

増山たづ子さん(1917-2006)

※本節は参考文献のほか、文中で言及しているIZU PHOTO MUSEUMでの展示と、同展のキュレーター小原真史先生の書いた/語ったことを参考にしています。

岐阜県徳山村

増山たづ子さんが住んでいたのは、岐阜県の北部にあった徳山村という場所なのですが、この場所はダムが建設されて沈んでしまうことが決まっていたんですね。
ですが、増山たづ子さんにはインパール作戦で行方不明になった夫がいて、当時は横井庄一や小野田少尉が日本に帰ってきたニュースも記憶に新しい頃で、もしも夫が帰ってきたときのためにと、村のことを写真に残そうとしたんです。

徳山村の写真

それで、増山たづ子さんが写真を撮り始めたのは61歳のときなのですが、その世代もあってそれまでカメラを使った経験がなかったんですね。
そこでカメラ屋さんで聞いたところ、このコニカC35EF、ピッカリコニカを薦められた。
1977年のことです。
有名な話ですが、そのときこのカメラは「猫がケッコロガシても写る」と薦められたそうです。

参考:1977年購入、「猫がケッコロガシても写る」についての記述
『増山たづ子徳山村写真全記録』1997年、影書房、初版 p.9

増山たづ子さんはそもそも写真家になるつもりはなかったでしょうが、それが、カメラを手にしたことで写真家と呼ばれ、のちには写真を扱う美術館で回顧展が行われるまでになっていくわけです。

近年のものとして、2013年にIZU PHOTO MUSEUMで開催された「増山たづ子 すべて写真になる日まで」が挙げられます。

増山たづ子 すべて写真になる日まで

IZU PHOTO MUSEUMより展覧会情報
http://www.izuphoto-museum.jp/exhibition/118680489.html

カメラ愛好家から見た増山たづ子とピッカリコニカ

カメラという視点からいえば、コニカC35EFが誰でも使えるカメラだったということと、とてもよく写るカメラだった、ということが重要だったのでしょう。

でもそれよりさらに重要なのは、カメラという道具を使うユーザーの幅を広げたということです。
写真というのは、被写体の前にカメラがないと撮ることができない。つまりその場所にいないと撮ることができません。
さらに、撮る人と被写体の関係性によっても、写真に写るものは変わってきます。

ちなみにさきほど取り上げた、コニカC35EFの開発者の内田さんが書いた『商品開発のはなし』には増山たづ子さんから直接話しを聞いたエピソードも載っています。ピッカリコニカで通算8万枚以上撮影したということで、製品の設計寿命をはるかに超えてしまい調子が悪くなったことも相談されて参考になった、ということです。
ピッカリコニカの改良機種に、コニカC35EFDという日付写し込みができるようになった機種があるのですが、増山たづ子さんは途中からその機種を愛用するようになり、写真集に載った写真にも日付が写っているものがたくさんあります。
本から引用した肖像も、C35EFDを持っていますね。

内田 1991 pp.20-24

写真を撮ることができる環境の拡張

増山たづ子という人が、徳山村という場所にいなければ撮ることができなかった写真。
コニカC35EFによって、その条件で写真を撮るということを実現することができたんです。
同じような例が、世界中いろいろな場所であったことでしょう。

写真という文化とシームレスにつながっている感覚のある稀有なカメラ

増山たづ子さんの例からもわかるように、コニカC35EFって、単にカメラという機械の話で終わらずに、写真という文化とシームレスにつながっている感覚のある稀有なカメラだと思うんですよ。
今回、わたしがフィルムを入れて撮影に持ち出したときも、そういうことを感じました。

この写真なんですけど、昼間で空いていたので電車のなかでシャッターを切ったんです。

電車のなかでシャッターを切った

そうしたら急に、デジャヴュというか、人生で過去に体験したことのあるような感覚があった。

なんだろう、と思ったら、遠くに電車で旅行に出かけて、窓から外の風景を撮影したのと同じ感覚になったんですよね。

このコニカC35EFって、気構えずに自然な気持ちで写真が撮れるようになった最初の世代のカメラなんじゃないか、そう思いました。
もちろんそれより前にも、たとえばオリンパス ペンEEみたいな押すだけのカメラというのはありました。
コニカC35シリーズの、これ以前のカメラもそうです。
ただ、そういうカメラはなんだかんだで、モノに対する偏愛というものが残ってしまうんですよね。

マニアックに道具を愛でるのではなく、100円のボールペンのように普段遣いの道具にできた。
いまでいうならスマホのカメラで適当に写真を撮るような。
コニカC35EFは、よい意味で、特別ではないカメラの元祖なのではないか、と思います。

よい意味で、特別ではないカメラの元祖

増山たづ子 関連書籍

まとめ

というわけでコニカC35EFについて話してきました。

その人が、その場所でしか撮ることができない写真。
カメラの歴史、写真の歴史というのは、そういう時間、空間の拡張の歴史だと思います。

コニカC35EFというカメラが実現したことは、そういう事例のひとつにすぎません。
でも、この革新というのは、こうやって語る価値が十分にある革新だったといえるんじゃないかな、と思います。

ありがとうございました。
御部スクラでした。

参考文献

○主な参考文献

内田康男 『商品開発のはなし ピッカリからジャスピンへ』 日科技連出版社、1991年

『ありがとう徳山村 増山たづ子写真集』 影書房、1987年

『増山たづ子 徳山村写真全記録』 影書房、1997年

○その他の出典

Konica C35EFの発売年月
ケンコー・トキナー コニカミノルタ製品アフターサービス Webサイト内 コニカの歩み 1970年代より
「1970年代に発売された機種一覧」(2021年5月7日閲覧)
https://www.kenko-tokina.co.jp/konicaminolta/history/konica/1970/list.html

Voigtlander Vitronaの図版
『季刊クラシックカメラ 15 特集 フォクトレンダー』 2002年、双葉社 pp.68-69

Fotronについて
Camera-wiki.orgより『Fotron』(2021年5月7日閲覧)
http://camera-wiki.org/wiki/Fotron

赤目現象の画像出典
Wikimedia Commonsより(2021年5月7日閲覧)
https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Red_eyee_effect.jpg
Photo by RexDog23 CC BY-SA

ポップアップストロボの実用新案
実全昭51-024238 実願昭49-097026
J-PlatPatより
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/c1800/PU/JP-S51-024238/EB2D5407882440079021361AF4DC4FE8DBBFE13E9D748EC6456A82561C21EC57/23/ja

徳山ダムの完成年
ウィキペディア 「徳山ダム』(2021年5月7日閲覧)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%B3%E5%B1%B1%E3%83%80%E3%83%A0